大相撲1月場所は新大関の安青錦の連続優勝で幕を閉じました。
相撲部会では4日目の1月14日(水)に部会員およびその同伴者20名で観戦しました。十両の取り組みの始まる午後2時過ぎ頃から国技館に各自入場し、幕ノ内の取り組み終了後の弓取り式まで熱戦を堪能し、その後近くのちゃんこ屋さんで懇親会を行うという、いつもの流れを楽しみました。
今回は部会員の吉谷さん(1977 理工)に特別寄稿をいただき相撲への思いを語っていただきました。以下に掲載します。
僕が現在を除き、いちばん大相撲を観たのは、幼稚園から小4位までの栃若時代で、当時は、先代の朝潮や明武谷、若秩父や安念山、富士桜、岩風、房錦、開隆山、青ノ里、若三杉などが活躍しており、明武谷は朝潮とともに、他の力士のように太っておらず、ソップ型筋肉質で、イケメンで、女性ファンにモテてたようですね。
あの頃の大相撲のビデオを観ると、仕切りで今みたいに手を土俵に付けるには程遠く、少々頭を前傾するか、全くしないかでしたね。取り組みの分解写真なんていうのもありよく真似しましたね。室内の布団のうえで相撲の稽古するので、よくおふくろに怒られましたね。
そういえば、幼稚園の頃の、市之倉町の公園に土俵があり、夏祭りで、子どもたちの相撲大会があり、当時は上背が高い方で、毎日の稽古の甲斐あり、5人抜きして、生まれて初めて賞品と言っても、文房具でしたが、有頂天になったこともありましたね。当時は、稽古でズボンのベルトがよく切れましたね。
そういえば、学校でも、体育の授業で、よく相撲があり、体が、2番目に大きかったこともあり、西の横綱のことも、ありました。東の横綱は一番大きい山中君で、小結は小兵の恩田君でした。





