「ことば」を扱う人間ほど
やっかいなものはないのかもしれません。
大田稲門会「演劇を知る会」は
3月26日(木)サザンシアター高島屋にて
こまつ座『国語事件殺人辞典』を観劇いたしました。
本作は、大河内直子さんによる初演出という点でも 注目を集めていました。
井上ひさし作品の舞台の中心にいるのは
筧利夫さん演じる花見万太郎。
自らの国語辞典の出版を夢見る
国語学者です。
彼がこだわり抜いたことばが
衣を着て歩き出したかのような
そんな人物として描かれています。
彼は
正しいことばを求め
その定義に執着し
執着し、執着し続けます。
その姿はどこか滑稽でありながら
次第に笑えなくなっていきます。
「正しいことば」とは
いったい誰が決めるのでしょうか。
辞書とは
ことばを整えるためのもののはずですが
ことばにこだわりすぎることで
人間関係や人生そのものが
揺らいでいく場面が繰り返し描かれていました。
舞台の上では
ことばが人を支配し
人を追い詰め
時に暴力にさえなっていきます。
それでも
人はことばを手放すことができない
その緊張感が
笑いとともにじわじわと積み重なっていく
印象的な舞台でした。
こまつ座の実力ある俳優陣から
観客に向けて言葉のビーム砲が
ビュンビュン飛んできます。
しばらくするうちに私達観客は笑いから
静けさへと引き込まれていきました。
この変化は
生の舞台ならではの体験として
強く印象に残りました。
観劇後の懇親会も
非常に活発なものとなりました。
それぞれが
感じたことを自由に語り合い
まるで
「私たち自身の国語事件」が
立ち上がっていくかのような時間となりました。
たとえば
「橋田壽賀子どころではない長台詞は、どのように成立しているのか」
「俳優の思考はどのように整理されているのか」
「長台詞を正確に届けるための訓練とは何か」
「本作の主題はどこにあったのか」
また熊川会長からは
「井上作品には本当の意味での悪者は登場しない。
一見そう見える人物も、最後には違って見えてくる。
今回の作品はどうであったか」
との示唆に富むご意見があり
この話題の際には
場の空気が一瞬引き締まる印象がありました。
さらに
「初演は1982年であるにもかかわらず
現在でも古さを感じさせない」
との感想も聞かれました。
同じ舞台を観ても
着目する点や受け取り方は実に多様であり
演技に注目する方
構造を読み解く方
主題を深く考察する方など
それぞれの楽しみ方があることを
あらためて実感しました。
同じ作品を共有し
それぞれの感じ方を言葉にして持ち寄ることで
新たな視点が生まれる
そのような貴重な時間となりました。



