「花よりタンゴ」観劇記

先日、「演劇を知る会」では、こまつ座公演『花よりタンゴ』を観劇してまいりました。

開演前には、「いのうえひさし作品は久しぶり」「どんな舞台なのだろう」と期待の声も聞かれ、和やかな雰囲気の中で開幕を待ちました。

舞台は終戦から二年後の銀座。
元男爵家の四姉妹と、かつてその家に仕えていた番頭を中心に、戦後という大きな時代の転換点を、人々がどのように生き抜こうとしたのかが描かれていました。

特に印象深かったのは、戦前の価値観や誇り、生活環境が、「終戦」という一日によって瞬時に崩れ去った後の女性たちの姿でした。

それまで「稼ぐ」ということを知らずに生きてきた女性たちが、突然、自ら生きる術を探さなければならなくなる。
戦前の価値観や誇りを保とうとしても、もはや時代がそれを許さない。
プライドをかなぐり捨てるしか、現実を生きる術は残されていない
その過程で、多くのものを失い、傷つき、それでもなお生きることにしがみついていく姿が、生々しく描かれていました。

脇役には、焼夷弾の破片で声を失い、もう二度と元の声を取り戻すことのできない花売り娘も登場します。

こうした癒えることのない傷を負った人々も、当時は数え切れないほど存在していたのだろう。
観客はそんな思いを抱きながら、彼女の演技を見つめていく設定になっていました。

一方で、実際には多く存在したはずの「戦争未亡人の宝くじ売り」は描かれていませんでした。

制度の中に組み込まれた仕事よりも、その日暮らしの不安定な営みを通して、「生き延びる」というむき出しの現実を描きたかったのではないか。
そんな脚本だったように思われます。

また、作品タイトルにもなっている「タンゴ」の存在も意味深でした。

終戦によって価値観も暮らしも一変した時代。
戦前の銀座文化を象徴する「タンゴ」は、失われた時代への憧れと、それでもなお人間らしく生きたいという思いを映し出しているように感じられました。

「タンゴ」とは、一体何だったのだろう。
その問いは、舞台上の登場人物だけでなく、昨日あの劇場にいた私たち自身にも静かに投げかけられていたように思います。

長女・蘭子を演じた元宝塚トップスター朝海ひかるさんの存在も忘れられません。
舞台に立った瞬間に空気が変わるような華やかさと、鍛え抜かれた所作の美しさには圧倒されました。

もちろん舞台には笑いも散りばめられています。
しかし、その奥に流れているものは非常に重く深い。
作品全体は、戦争とは何だったのかという問いへ、静かにつながっていくように感じられました。

終演後には、参加者それぞれの視点から感想が語られたのも印象的でした。

俳優陣の存在感や舞台で受け取った空気感について自然に言葉が交わされる中、理工学部出身の方からは、「八頭身どころか九頭身だなあ」という感想も飛び出しました。

その人らしい言葉で舞台の魅力が語られていく。
そういった何気ないやり取りに皆で観劇する面白さを感じる1日となりました。

演劇を知る会 川田葉子

 

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